このたびの令和2年7月豪雨で被災された皆様ならびにご家族、ご関係者の皆様には謹んでお見舞い申し上げます。被災地におかれましては、一日も早い復旧、復興を心よりお祈り申し上げます。
今回は令和2年7月豪雨による洪水被害が拡大した要因を考察します。最後に減災対策もご紹介していますので、安全・安心な建築にお役立てください。
洪水になりやすい4つの地形
洪水の発生要因はさまざまですが、例えば図1のような「山を突き抜ける河川」「河川の合流部」「川幅が狭くなるところ」「微高地に囲まれた低地」といった地形は、洪水が発生しやすい条件と言えます。
そして、今年令和2年7月に人吉盆地で発生した洪水は、「山を突き抜ける河川」という一聞すると奇妙な地形条件が大きく影響していると考えられます。
「山を突き抜ける」というのは単に山と山の間を河川が流れているという意味ではなく、一塊の山地に向かって河川が突き進むように入り込んでいく地形のことを指します。少しイメージしづらいかもしれませんが、実は日本国内にたくさんある地形です。
では、今回被害が大きかった人吉盆地周辺の地形を詳しく見てみましょう。
地殻変動により生じた九州山地
日本列島は東から移動してくる海洋プレートと西からの大陸プレートに挟まれ、それらが押し合い、地殻内部の圧力が高まっている場所です。海洋プレートは大陸プレートの下に潜り込み、大陸プレートは褶しゅう曲きょくし山地を隆起させます。
その結果、日本列島には隆起によってできた山地が数多く存在します。人吉盆地の北東にそびえる九州山地も隆起によって生じた山地の一つです。
山地を流れる「先行河川」
では、山地が隆起すると何が起きるのでしょうか。
元々、日本列島はユーラシア大陸の東端に位置していましたが、2400 ~ 1500 万年前に大陸から切り離され、現在の場所へ移動してきました。大陸の一部だったので概ね平坦だった日本列島ですが、プレートのぶつかり合いで地殻が大きく捻じ曲げられ、河川の流れていた平坦な場所に山地が隆起してきます。
このとき、河川が地殻を削る速度(侵食速度)が山地の上昇する速度(隆起速度)を上回ると、河川は山地を、まるで糸ノコギリで切るかのように削り続け、渓谷がつくられます(図2)。このように上昇する山地よりも先に存在し、渓谷をつくりながら流れる河川を「先行河川」、あるいは「先行谷」と呼びます。
先行河川では、それまである程度の幅の中を河川が自由に蛇行しながら流れていたのに、山に達した所からとつぜん河道が制限されるため、流れが悪くなります。
そのため流量の限界に達しやすく、それ以上の水は河川の上流に向かって逆流することになります。それでも上流からは絶えず水が流れてくるので、水は渓谷の手前で溢れてしまうのです。
人吉盆地から九州山地に入り込む球磨川(くまがわ)
氾濫した球磨川がどのように流れているかを見てみましょう。
球磨川は、概ね南西方向に人吉盆地まで流れますが、盆地の中で方向が大きく変わります。山地の中では蛇行を繰り返しながら北上し、八代に至って海に達します。
この一連の流路の中で着目したいのが、人吉盆地から九州山地に入り込む地形です。人吉盆地の概ね平坦な場所から起伏の激しい山地に向かって球磨川が入り込むように流れているのがわかります。
川は、高い所から低い所へ、狭い所(谷)から広い所(平野)へ流れるのが一般的なイメージだと思いますが、球磨川は異なる動きを見せます。
まとめ 地形と洪水被害の関係について
今回の洪水想定図を国土地理院が公開しています。これを見ると、まさに球磨川が九州山地に入り込もうとしている辺りの浸水が深くなるとされています。
平坦な人吉盆地から流れてきた河川の水は山地の入り口で渓谷にぶつかり、流量が制限されます。その結果、さばき切れない水は上流の人吉盆地で溢れ出ました。周りから合流する小さな河川を遡るように、氾濫も広がってしまったのです。
今回の洪水で被害に遭った人吉市の市街地や特別養護老人ホームは、このように水が溢れ出す場所に位置していたことがわかります。
洪水被害を防ぐためにできること
1.ハザードマップで洪水リスクを確認する
近年は自治体のハザードマップにより、洪水リスクが高い場所が一目で分かるようになっています。大雨予報の際に、ぜひ確認してください。
2.地形とハザードマップを見比べる
インターネットでもスマホのアプリでも良いので、地形とハザードマップを見比べてみてください。 人吉市のハザードマップでは、等高線で地形が表現されていますが、等高線を読み取るのは苦手に感じられる方もいるかもしれません。
国土地理院の地理院地図というサイトでは、地形が立体的にわかりやすく表現されています。これをハザードマップと見比べることで、今回のように山が河川に入り込んでいるところがハザードマップで強調されるという特徴がお分かりいただけます。
ハザードマップを見るだけでは、案外記憶に残らないものです。地形情報と見比べ、理解を深めることが、速やかな判断や避難行動につながると私は考えています。ぜひお試しください。
技術士(応用理学部門:地質)
地盤品質判定士
2006年ジャパンホームシールド株式会社に入社、日本全国の住宅地盤の安全性評価業務に携わる。2011年より同社地盤技術研究所研究員、現在に至る。
趣味:気になる地形をバイクで見に行くこと。バイオリン。